五節句の七夕 (73)

 奇数が重なる月日に行われる五節句は、奇数が陰陽の陽の数にあたり、陽が重なり、めでたさが極まることで、江戸時代に祝日と決められ、節句の行事として今日まで続いていますが、一方では、厄払いの儀式としての意味も含んでいます。

 一月一日は元旦と重なることから、一月七日に七日正月として七草粥を食し、悪い病気が中国からやってこないようにと健康に気をつけました。
 三月三日は桃の節句として、魔除けの桃で邪気を払います。五月五日は端午の節句として、病気にかかりやすい春から夏への変わり目の、今も変わらない「五月病」除けのため、菖蒲湯に入り、菖蒲酒を飲み、菖蒲枕で眠ります。九月九日は菊の節句で、菊の香りと月を愛で酒を飲む節句です。陰陽五行思想でいいますと最強の陽の数が重なることで重陽といい、大変めでたいとされますが、しかし、陽の極まる日ですから、陰に変わると考えられ、厄払いが必要となります。
 このように、一月、三月、七月、九月の節句には、厄を払い邪を退ける、七草、桃、菖蒲、菊などの植物が使われますが、七月七日の七夕は星祭りと呼ばれ、植物が登場しません。
 強いていえば、願いを込めた短冊を飾る竹笹を思い起こすことになります。
 竹は命力の旺盛な植物です。地鎮祭などで、四方にしめ縄を張りめぐらした忌竹を立てるのは、周りの邪を払い、神域を示すためです。
 また、竹笹類は病邪を追い出す生薬として使われます。
 竹葉(竹の葉)、竹茹(チクジョ:竹のアマ皮)、竹瀝(チクレキ:竹の精油)は解熱、解毒、咳止め、止血、消炎など多くの効果があります。笹としては熊笹が、昔から民間薬として、火傷、かみ傷、吐血、喀血、下血などの血剤として用いられてきています。
 
一方、食を中心に七夕を見てみますと、『年中重宝記』や『年中行事抄』に7月7日の七夕には「索餅」を食べる、との記載がみられます。この由来は、中国の故事によるもので、古代中国、高辛氏の子供が7月7日に亡くなり、それが霊鬼神となり、人々に瘧(おこり:熱病)を流行らせたため、その子が生前好きだった「索餅」を供えて祟りを静めたことから、病よけとして索餅を食べる習慣が広まった、ということです。また、七夕は畑作の収穫祭という意味を持ち、麦の実りや、ナス・キュウリといった夏野菜の成熟を祝い、神とその恵みに感謝する行事でもあったのだそうです。
 さて、その「索餅」ですが、中国の古い文献には、この索餅という文字がよく見られます。実際どんな食べ物なのかというと、詳しい記述がなかなか見つかりません。ただ、昔「餅」と表された食べ物がのちに「麺」と書かれるようになったということから、麺類だろうということが推測されます。日本最古の漢和字書『新撰字鏡』には、索餅に「牟義縄(むぎなわ)」という和名をしめす文字がみられます。ちなみに「むぎ」という言葉には植物の麦を示すほか、「小麦粉でつくった麺」という意味もある、とのことです。研究者の中には、お菓子だという説を唱える方もいますが、「索餅」が現在の『素麺(そうめん)』にあたる、という説が今では多いようです。

 七夕の日は、夕方に東の空から夏の濃い天の川が昇ってきます。この付近に、はくちょう座のデネブ、こと座のベガ(織女星)とわし座のアルタイル(牽牛星)でできた大きな三角形が見つかりますが、これが夏の大三角形です。七夕の頃ですと、21時頃、東の空の中ほどに見えます。
 
 何はともあれ、七夕の日は、冷麦でも食べながら、雄大な夜空のロマンス物語に見入るのが、一番の心の洗濯かも知れません。今日は七夕です。

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