テーマ:文化

夏休み親子おくすり教室 (141)

 2014年7月26日(土)、大阪道修町の少彦名神社と隣接ビル会議室で、「夏休み親子おくすり教室」と題し、30組の親子が参加して、講演会と薬膳ドリンクと飴づくり体験学習が実施された。  講演の「おくすりの歴史」、「お母様のための薬膳教室」と「夏休み自由研究のまとめ方」を担当したので、その概要をお知らせする。  【おくすりの歴史】…
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椿と山茶花 (120)

 新年早々、ある恒例の互礼会に出席しました。新年の挨拶を交わしながら、会場を見渡すと、飾り花に椿(ツバキ)の花が活けてあって、新春を新たにしたのです。  「椿」は国字で、中国の「椿(chun)」は別の植物です。日中辞典を見ますと、中国で「椿は山茶」とありますが、日本で山茶は山茶花(サザンカ)です。  少しややこしいことになりましたが…
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2012年の年初めに思う(生姜) (119)

 新年明けましておめでとうございます。  昨年の東日本大震災以来、筆を絶っていました「生(いのち)のブログ」を再開することにしました。 それにつきましては、やはり「生姜(しょうが)」の話から始めたいと思います。 一昨年のNHK「ためしてガッテン」に出演後、多くの講演依頼や取材を受けました。テレビ関連では、スカイA「なるほど食図…
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2011年のお年賀 (113)

 新年あけましておめでとうございます。  除夜の鐘を合図に歩いて20分ほどの氏神様に初詣に参りました。小雪の舞う寒い夜道を震えながらのお参りは、身の引き締まる思いがして、巫女さん振る鈴の音がいつもより澄んだ音色で心に響いてきました。  今年も「生のブログ」をがんばって続けてまいりますので、ご愛読よろしくお願い申し上げます。  (年…
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万葉の歌と植物(有間皇子と椎の葉/食) (109)

 11月最終の土曜日、その日は小春日和の陽気でした。  「身近な薬膳の会」のメンバーと一緒に、奈良明日香の県立万葉文化館を訪れました。万葉時代の食を語らうのが目的のひとつです。  万葉は日本人の心の故郷といわれるように、当時の歌びとの息吹が万葉歌とともに伝わってきます。特に、食を詠った歌には、当時の生活が垣間見れて親しみを憶えます。…
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楷(カイ)の樹(湯島聖堂と閑谷学校) (107)

 久々の東京宿泊で、飲み仲間に誘われて、まだ決めかねているホテルを考えながら杯を重ねていると、お茶の水近くに宿を取ったといわれ、つい度を過ごし午前様に近いチェックインとなった。  翌朝、生あくびを噛み殺し、ホテルを出てJR御茶ノ水駅に向かって歩きはじめると、格式高い建物が塀越しに臨まれた。昼からの会合にはまだ時間があったので、のぞいて…
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秋田紀行/湖となまはげ (103)

 今回は私的な旅行記です。九月のシルバーウィークに、秋田の湖巡りを目的にドライブを楽しんできました。  小雨のぱらつく曇天下の旅でしたが、車を降りての観光時は意外に雨も止んで、時には晴間も見えて、主だったところは見て廻れたと思っています。  秋田空港でレンタカーを借りて、最初に向かったのが角館です。春には、必ずと言っていいほどテ…
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中国のビール事情 (97)

 6月の上旬、日中の原薬受け入れに関する取決め事項締結のための意見交換会を行うために上海へ行ってきました。大勢の入場者で賑わう万博会場を眼の片隅にも入れず、慌ただしい3日間の滞在でした。  その一回の食事を、点心のおいしい中華料理店で摂ることになり、いくつかの点心を注文し、ビールもということになりました。中国ビールは「青島(チンタオ)…
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葛(カズラとクズ) (93)

 秋の七草のひとつ「クズ」は、マメ科の蔓性の植物クズPueraria lobata で、日本では古来より人々の生活に密着してきた有用植物です。漢字では「葛」と書き、字音は「カツ」、意読として「クズ」「ツル」「カタビラ」「ツヅラ」「カズラ」があります。最近、この「クズ」に縁があって、そのいくつかをご紹介します。     大阪府と奈良県…
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万葉の歌と植物(額田王とムラサキ) (90)

 日本人の心のふるさとである万葉集は、いろんな角度から鑑賞され、研究されています。  特に、第1巻・第2巻は時の王朝、天智天皇と天武天皇の権力争いを物語る壮絶な歴史ドラマが語られています。  天智7年(668)5月5日、天智天皇が大海人皇子(のちの天武天皇)以下王侯諸臣を従えて近江の蒲生野に薬狩を催した時に、額田王と大海人皇子の歌っ…
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五節句の七夕 (73)

 奇数が重なる月日に行われる五節句は、奇数が陰陽の陽の数にあたり、陽が重なり、めでたさが極まることで、江戸時代に祝日と決められ、節句の行事として今日まで続いていますが、一方では、厄払いの儀式としての意味も含んでいます。  一月一日は元旦と重なることから、一月七日に七日正月として七草粥を食し、悪い病気が中国からやってこないようにと健…
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万葉の歌と植物/雄略天皇と菜を摘む乙女 (64)

 万葉集は、雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の次の歌で幕を開けます。    籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち     (こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち)   この岳に 菜採ます児 家聞かな 告らさね    (このおかに なつますこ いえきかな のらさね)   そらみつ 大和の国は    (そらみつ やまと…
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桃の節句 (52)

 「桃の節句」は五節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)の一つ「上巳(じょうし)の節句」に当たります。五節句はそれぞれ季節の節目の身の穢れを祓う大切な行事でした。平安時代、上巳の節句の日には人々は野山に遊び、薬草を摘み、それで体のけがれを祓って健康と厄除けを祈願しました。  この行事が、後には紙の着せかえ人形で遊ぶ「ひいな遊び」と一緒に…
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「妙」な豆まき (48)

 新型インフルエンザの特に高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)の襲来で、全世界で約1億5000万人の犠牲者が出ると云われ、パンデミック(感染爆発)の発生に備えが急務です。一方、100年来の経済失速で、世界経済が麻痺しつつあります。  世の中が「妙」な具合になってきました。さて、妙と言えば、こんな戯れ歌があります。   妙の字は少(…
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丑年の年賀状 (44)

 新年にやってくる数百人の訪問者は、その訪問の仕方に個性があって、それぞれの人生が垣間見れて楽しいものです。   毎年、子供の写真を載せているものには、他人の子供ながら、その成長に目を細めます。家族の写真は一家の幸せがこちらにも伝わってくるようで、心が和みます。定番の印刷にひと筆添えた言葉は心の温かさを感じます。  近況を伝えるもの…
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お屠蘇を語る (42)

 かつて日本のお正月に欠かせないものの一つに「お屠蘇」がありました。勿論、過去形で書く必要はないのですが、若い世代には忘れられた存在になりつつあります。  かといって、年配の方にも、その由来や作法といったことは、あまりお知りになっておられません。そこで、老婆心ながら「お屠蘇」について一言申し上げたいと思います。  1.屠…
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万葉の歌と植物(アセビ) (36)

                             1   磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りといわなくに ≪万葉集巻一の一六六 大伯皇女≫  万葉の中で咲くアセビの花は悲しい花ですね。大津皇子の無念とその姉大伯皇女の悲歎が伝わってくる花の白さです。  天武天皇の世。天皇には鸕…
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川端康成のこころ/山の辺の道 (32)

 夜麻登波       大和は  久爾能麻本呂波  国のまほろば  多多那豆久     たたなずく  阿袁加岐       青かき  夜麻碁母禮流    山ごもれる  夜麻登志       大和し  宇流波斯       美し  大和盆地の東の青垣の裾野を、北から南へ、また南から北へ、古代の山辺の道が通っています。そこ…
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シーボルトと日本の植物たち (31)

 アムステルダムから南西へ40kmのところにオランダ最古の大学「ライデン大学」があります。この大学はオランダで唯一の日本語学科のあることでも知られていますが、私たち日本人にとっては、幕末の長崎・出島に赴任してきたオランダの商館付き医師フォン・シーボルトを忘れることができません。  シーボルトは診療のかたわら鳴滝塾を開き、西洋の新しい科…
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誰が初めてコロンブスに会ったか? (23)

 中学の世界史の授業で、「1492年コロンブスがアメリカ大陸を発見した」と教えられました。勿論、コロンブスが上陸したのは西インド諸島で、大陸ではなかったのですが、それにましておかしな事は、無人島・無人大陸であれば発見は解るのですが、原住民が既に居住しているのであれば発見とはいえないのではないかと思ったことです。 このことは、私たちの習…
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砂漠の中の現代文明 (19)

 かつて中国ゴビ砂漠を生薬の甘草(カンゾウ)調査にうろつき回った事があります。ゴビ砂漠は砂漠の名前ではあいません。砂だけでなく、土や岩も混ざって、矮小で乾燥に強い植物の生えている砂漠の状態を指します。カンゾウはこの砂漠の周辺部に生息するマメ科の植物で、字があらわすようにその根茎は甘い味がします。薬としてだけではなく、甘味料として食品にも…
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小野小町と熊の掌 (16)

 日本でだけ言われている世界三大美人のひとり小野小町は92歳まで生きた才媛ですが、美人は冷たいとの例にもれず、100本の芍薬を植えさせた深草少将への要求は少し度が過ぎた感は否めません。いつまでも若くありたい美しくありたいとの女性の希求は分からなくはありませんが、そのために熊の掌、ガチョウの舌、鶏の鶏冠や足などあらゆる食材を口にしたことが…
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神農と少彦名命 (15)

 大阪市中央区に薬の街「道修町」があり、その一画に少彦名神社が鎮座しています。少彦名命(スクナヒコナノミコト)を祭神としていますが、少彦名命はその名の通り小人の神で、大国主命と協力して神話の世界で大活躍しています。  国土開発や農業技術の普及、病気治療法や酒造法を教え、温泉を医療に用いたのもこの命です。このとき開いた湯が愛媛県の道後温…
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北船場ウォッチング(小西儀助商店) (12)

 太閤の時代より大坂の台所として栄えてきた船場は堀に囲まれた碁盤目状の街です。南北に走る道を御堂筋、なにわ筋、堺筋などのように「筋」と呼び、東西に走る道は北から、北浜、今橋、高麗橋、伏見町、道修町、平野町、淡路町、瓦町、備後町、安土町、本町の町通りから構成されています。その北船場界隈が大きく変貌を遂げようとしています。ビルの解体があちこ…
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船場のことば (4)

 北浜の「三越」跡に、日本で最も高いマンションが建設中です。工事現場を廻る外壁に、船場言葉が書いてあって、そばを通る人たちの目を留めています。  生粋の船場言葉は普段あまり聞かれませんが、蒔岡家の四人姉妹 鶴子、幸子、雪子、妙子の繰り広げる谷崎潤一郎の「細雪」の世界がよみがえります。
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