2012年の年初めに思う(生姜) (119)

 新年明けましておめでとうございます。
 昨年の東日本大震災以来、筆を絶っていました「生(いのち)のブログ」を再開することにしました。
それにつきましては、やはり「姜(しょうが)」の話から始めたいと思います。
一昨年のNHK「ためしてガッテン」に出演後、多くの講演依頼や取材を受けました。テレビ関連では、スカイA「なるほど食図鑑」(8/24,25放映)、NHK鳥取「産地発!たべもの一直線」(11/20放映)、雑誌関連では5誌ほどありますが、「自然食ニュース社」の記事がよくまとまっています。

 さて、生姜の話です。
 生姜の本字の「生薑」の「薑」は、田と田を上中下の三本の境界で区切った字で境を意味しています。シルクロードで名高い「新彊ウイグル自治区」の彊にも畺の字が付いていますが、この字は、強い弓で国境を守っていることを意味しています。従って、生姜はまさに百邪を防御する食物・生薬であると言える訳です。

 イスラム教徒の妊婦は、妊娠するとお産までの間、タルカンとよぶ黒い布袋のお守りを肌身はなさず持っています。その中に、鋏、米粒、生姜が入っていて、それで悪霊を払い、胎児の安全を守るとされています。イスラムでは、生姜は聖なるものに取り上げられているのです。
一方、仏教では「葷酒山門に入るを許さず」で、五葷(しょうが、にら、ねぎ、らっきょう、にんにく)のひとつ生姜が寺に入ることを許されませんでした。精のつく葷菜は煩悩が燃え盛り、修行の妨げになるとされたからです。

 次に、生姜の姜の字ですが、姜はキョウと発音し、薑と同音です。生姜は、西の辺境インドのアユルヴェーダ医学からもたらされたことと、姜人はチベットや中国の北方辺境の地で羊を飼っていたから、混同されたのかもしれません。姜も羌(キョウ)も古文字の中では、音も意も同じです。羌はまさに羊の人で、姜は羊と女の合成ですから、母系氏族から発展した部族が、姜、羌ということがわかります。
中国の農業医薬の神様である神農氏炎帝も陝西省岐山の東、姜水で生まれたことから姜姓を名乗っています。
黄河の中流、上流域を支配していた神農氏族は漢民族に追われチベット、青海などの辺境に移っていき、一部は西夏王国を築いたのですが、古代奴隷時代の中国では、羌人、姜族は人間と思われてなく、人狩りの対象とされた歴史も持っています。
なんだか悲しい話になりましたが、羊という字には、美人の美、羊の肉のように美味しくて力のつく養、広く深くを意味する詳、大空にはばたく翔、祥事、吉祥、善、ご馳走の膳、着る等、羊から派生する漢字には悪いイメージはありません。

 今年の心情はと言えば、羊年の私にとって、「人を羨むことなく、自分の義務を果たし、徒党に群がらず、羹に懲りて膾を吹くこともせず、羞恥を知り、何事にも羸(つかれ)ぬそんな私になりたい」と、宮沢賢治風に思っているのです。
 本年もよろしくお願いいたします。

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