世界一臭い食べ物・堅い食べ物 (111)

 学生時代の話で、もう40年以上も昔のことになります。
 大学女子バレーボール部のコーチをしていたのですが、あるときお国自慢が始まりました。
 滋賀県出身の選手がいて、自家製の鮒ずしの話になりました。鮒ずしは、1000年以上前から滋賀県でつくられ、当時の朝廷にも特産物として献上されていたそうです。琵琶湖特産の二ゴロブナの内臓を取り除き、塩漬けしてから数ヶ月間置き、そこにご飯を詰め込んで発酵させたものです。各家庭で微妙にその味が違うといいます。
 私に、「好きですか」と聞かれたので、「昔から好きだった」と答えますと、早速、家でつくった鮒ずしを持ってきてあげるということになり、楽しみにしていました。
 数日経って、手元に届いた鮒ずしを見てびっくりです。私の想像とは全く懸け離れた一物でした。それに、なんともひどい臭いがして、喉も通りませんでした。折角の好意を無駄にしてはと、言葉では「本当においしかった」と返事をしました。ただ、しばらくして、別の方から、さらに鮒ずしが届けられたのには閉口しました。これは、私の郷土である石川富山の「ますずし」との大きな勘違いでした。
 数十年経ち、鮒ずしを食べる機会があって、恐る恐る口にしたのですが、あの時に感じた味ではなく、口に広がるフワッとした感触が、昔の思い出と重なって、美味しさをも感じたのでした。
 思いは時間がたてばたつほど募ってくるもので、好きなものはもっと好きになり、嫌いなものは益々嫌いになってきます。そんな時、ふと再会したものが、以前に比べてそれほどでもなかったとの思いに駆られることは多々あるようです。

 一般に、発酵食品は、独特な臭みがあります。納豆も小さい時には臭くて食べれなかった食材の一つですが、大きくなっても、口にしたくないものに「くさや」があります。
 東京の知人との話の中で、「くさや」が話題となり、彼の言では「本当においしい“くさや”は本当においしい」と、一週間後に家に送りつけられました。梱包を開けただけで、すごい臭いです。換気扇を回して焼きましたが、その臭いは倍加されていきます。やはり口にはできませんでした。「くさや」は日本で最も臭い食品だそうです。

 世界一の臭い食品として有名なのが、スウェーデンの「シュール・ストレンミング」という魚の缶詰です。発酵によって缶が膨張していて、開缶時に次の四つの注意事項を守るよう指示がしてあります。
 第一に、家の中で開缶しないこと。
 第二に、開缶時には必ず不用なものを身にまとっておくこと。
 第三に、開缶する前に冷蔵庫に入れガス圧を下げておくこと。
 そして、第四に、風下に人がいないかどうか確認してから開缶すること。
 次に臭いのが、韓国の「ホンオ・フェ」で、魚のエイを発酵させたもの、第三はニュージランドの「エピキュアーチーズ」だそうです。どれをとってもすべて発酵食品ということです。

 さて、次の話は、世界一堅い食材です。その食材とは「鰹節」です。鰹節同士を叩き合わせますと、「カン、カン」と拍子木に似た音がします。あまりに堅すぎることから、鉋(かんな)で削って食します。刺身やたたきで食べるあの柔らかい鰹がどうしてこんなに堅い食材に変わるのでしょうか。
 その作り方の概略を述べますと、先ず、鰹を三枚におろし、二枚の身の部分を煮籠にいれて煮ます。それを冷まし、簧の子の上に並べ、下から薪を焚いて燻します。これを舟形に整形し、数日日光で乾燥させ、鰹節菌が棲みついているカビ桶に入れ、表面にカビを生えさせます。カビは水分がないと生きてゆくことが出来ないため、鰹節の内部にある水分を吸いとって、乾燥させます。この操作を2,3度繰り返して、あの堅い鰹節が造られています。

 鰹節は日本が世界に誇れる「だし」のひとつです。昆布、椎茸とともに、日本の「だし」は脂が出ません。この脂のでない「だし」は日本独特のもので、この「だし」があったために、繊細な日本料理が培われてきたといえます。
 それでは、なぜあの脂ののった鰹から、油のない旨味のある鰹節がつくられるのでしょうか。
 まず旨味ですが、鰹節菌は鰹節の水分をとるだけでなく、一方ではタンパク質分解酵素で鰹のタンパク質を分解し、アミノ酸をつくります。また、核酸の一種イノシン酸という旨味成分もつくっています。
 次に、脂がない理由です。南洋から北上してくる鰹が鹿児島の枕崎から、土佐、静岡県の焼津、西伊豆へとやってきて、伊豆半島を回遊するころから脂が乗り始め、これが初鰹とよばれる鰹です。ここが鰹節原料としての限界となります。したがって、脂の少ない鰹を原料として使っていることです。
 しかし、それでも脂分は少しはあります。この脂分をとるのが、鰹節菌が出す脂肪分解酵素リパーゼの働きによるのです。脂肪は分解され脂肪酸とグリセリンになり、その分解物を鰹節菌が食べてしまいます。
 (「日本山海名産図会」より/鰹節づくり)

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 菌やカビなどの微物の大きさは一個1~0.1ミクロン(1000分の1ミリ)で、納豆1グラム中に、およそ20億個の菌がいます。人間は成人一人におよそ100兆個の微生物と共存しているそうです。その内のどれだけの数のどのような種類の菌が私たちを旨味のある人間にしてくれるのでしょうか、それとも腐敗した人間にするのでしょうか。

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