万葉の歌と植物(有間皇子と椎の葉/食) (109)

 11月最終の土曜日、その日は小春日和の陽気でした。
 「身近な薬膳の会」のメンバーと一緒に、奈良明日香の県立万葉文化館を訪れました。万葉時代の食を語らうのが目的のひとつです。
 万葉は日本人の心の故郷といわれるように、当時の歌びとの息吹が万葉歌とともに伝わってきます。特に、食を詠った歌には、当時の生活が垣間見れて親しみを憶えます。
 しかし一方において、その歌は重要な歴史の一端を見せてくれたりもします。中でも、有間皇子の次の歌は悲しい響きが伝わってくるのです。
 
 家にあれば 笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕 旅にしあれば 椎(しい)の葉に盛る
 (我が家に居れば器に食べ物を盛るのに、旅にある身なので椎の葉に盛っている)

 有間皇子が謀叛(先を憂いた中大兄皇子のちの天智天皇の謀略とも言われています)の罪で囚われて、紀の国に護送される途中で詠んだ歌とされています。有間皇子の間近かに迫った死の予感が伝わってきます。そのあとすぐに、藤白坂にて処刑されました。19歳の若さでした。

 現在、椎の実のような堅い果実が主食に準じる地位を占めることはなくなりました。トチの実やクルミなどが、わずかに各地の銘菓などに加工されるにすぎません。しかし、古代においては、これらの堅果類は主食に次ぐ地位を占めていたといわれています。
 椎の実は粉末にもしたようですが、焚火の灰に埋めて焼いて食したとの記述があります。椎は堅果類の中では、渋みが少なく、焼くことでさらに渋みが抜けるので食しやすい食材の一つでした。

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 万葉時代の食材は想像以上に豊富で、穀物として、米(赤米、黒米)、粟、麦(大麦、小麦)、稗、黍、豆、麻等を食し、よめな、かぶら、だいこん、のびる、にんにく、よもぎ、わらび、ちがや、あおい、すみれ、かたくり、すみれ、わさび、ふき、あざみ、にがな、からしな、しょうが、みょうが、ふき、ちしゃ、さといも、やまいも、ところ、くず、うり、せり、あしつき、はす、くわい、あしつきのり、じゅんさい、すがも、みずあおい、こなぎなどの野菜類が万葉歌に詠われています。今では食すことのなくなった食材も多く、それらの中には、ビタミン、鉄、カルシウム、たんぱく質に富むものも多いのです。

 文化館を見て、祝戸にある宿で古代食の昼食を摂りました。古代米に山女(やまめ)、山菜が朴葉に盛って出されました。椎の葉は小さくて、多くの食材を盛りにくいとの宿のご亭主の説明です。
 古代のチーズと言われている「蘇(そ)」が出されました。万葉びとはミルクを飲みチーズも食べていたのです。
 肉食も、ウシ、ウマ、サルは禁じられていたようですが、イノシシ、シカをはじめとして、ウサギ、カモシカや種々のトリが食され、活力の源となっていました。海の幸の魚介類の豊富さにも驚かされます。

 当時の野菜は、栽培されるものもありましたが、野に出て若菜を摘むことが多く、特に雪解け頃の若葉摘みは、待ちかねた春とともに訪れる行事の一つでもあったのです。
 同じ土地の同じ季節にきている食材を糧に、その命を頂いている命があることの認識は重要なことのように思われます。これを「身土不二」といいます。薬膳の基本的考えもそこにあります。
 万葉の世界に薬膳を感じた一日でした。

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