生乾論 (生姜と乾姜とヒネショウガ) (75)

はじめに

 24時間海外に開かれた空港は人の往来はもとより、経済や文化の上で果たす役割は極めて大きいものです。
 医食の面から見ますと、カルフォルニア沖で朝に獲れた海老がその日の夕膳に上がったり、重体患者に必要な医薬品がいつでも緊急に移出入されたり、食の楽しみや医療の恩恵が広がります。 

 必要なものをいつでも好きな時に享受したいと思う人間の欲望には限りはありませんが、技術の進歩がそれらを一つひとつ現実に近づけてくれています。特に、新鮮なものをそのままの姿形、色、匂い、味で保存して、いつでも私たちの前に取り揃えてくれるようになりました。
 それでは、新鮮なものを腐らせずに保存するにはどうするのでしょう。そのためには細菌やバクテリアを繁殖させないことです。その最も簡単な方法の一つは乾燥させることです。どのような生物も水なしでは生きていけません。水のない環境、水の少ない乾燥した条件を作ることが、細菌やバクテリアを繁殖、増殖させない大切な要件の一つです。シイタケや柿を干して干しシイタケや干し柿にします。イカやイワシは干してスルメやメザシにして保存します。

 同じように、2000年以上の歴史を持つ漢方薬は、植物や動物や鉱物といった天然のものを原料にしていますが、これらはほとんど乾燥して用いられています。これら動植物の乾燥した薬物を生薬と呼んでいます。日本薬局方にも「生薬は別に規定するもののほかは乾燥品を用いる」とあります。
 「生」の字には「うまれる」「いきる」「いかす」「なま」「うぶ」といった意味があります。すると、「生薬」は「新鮮でみずみずしい薬」ということになりますが、実際はほとんど乾燥したものですから、「乾薬」といった方が正しいのかもしれません。

 漢方薬を用いた医学が中国で初めて体系化されたのは、後漢の紀元200年頃に、張仲景によって著された「傷寒雑病論」16巻で、のち宋の時代1060年頃に林憶等によって手を加えられ、「傷寒論」10巻と「金匱要略」3巻に分けられ現在に伝わっています。漢方医学を志す者には『漢方の聖書』と呼ばれている重要な古典の一つです。「傷寒論」には、刻々と変化してゆく病状に合わせて、それに適応する処方が準備されていて、それらの処方は200ほどの生薬の様々な組み合わせで構成されています。
 そして、これらの生薬の大半は「乾薬」ですが、中には新鮮なものを使う生薬もあり、更に同じ植物をナマのものと乾燥したものの両方を用いるものもあります。言い換えますと、基原が同じでも、乾燥すればナマとは薬効の異なる薬物になるということです。
 そこで、症状の変化に対応した治療を示す「傷寒論」にあやかって、ナマのものから乾燥したものへの関係を「生乾論」として題して、話を進めていきたいと思います。

中国と日本の葛根湯

 以前、中国・北京の有名な漢方薬舗「同仁堂」で「葛根湯」を処方してもらったことがあります。入口を入るとすぐの所に漢方医がいて患者の診断を行っています。問診と脈診で次々と処方を決めていきます。患者は漢方医から手渡された処方箋をもって、一番奥の調剤のカウンターへ行きますと、薬剤師が処方箋をチェックした後、調剤にまわします。壁一面に並んだ大きな百味箪笥から生薬を取り出して、手提げの天秤で手際よく秤量していきます。

 中国の生薬は、日本の刻み生薬とは異なって飲片になっているものが多く、それらは炙ったり、酒や蜂蜜に漬けたりの修治が施されています。そして、一日(一回)の処方量が日本と比べて4~5倍量はあります。当然、私が処方してもらった「葛根湯」も大きな薬包紙に包まれていました。

          <写真上:生の甘草の飲片><写真下:蜜に漬けた蜜甘草の飲片>
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 「葛根湯」は、葛根(カッコン:クズの根)、麻黄(マオウの全草)、桂皮(ケイヒ:シナモンの樹皮)、芍薬(シャクヤクの根)、甘草(カンゾウの根茎)、大棗(タイソウ:ナツメの実)、生姜(ショウキョウ:ショウガの根塊)の七味の生薬で構成されていますが、その一つひとつは日本で見る生薬の外観とは違っています。しかし、それだけではありません。よく見ますと「葛根湯」に大棗と生姜がありません。

 そこで、同仁堂の薬剤師さんに尋ねますと、大棗と生姜は八百屋で売っている新鮮なナツメとショウガを処方に加えて煎じるとのことでした。早速同仁堂で戴いた「葛根湯」に新鮮なナツメとショウガを加えて煎じました。温かい一服の煎じ薬は心地よい汗とともに頭痛をものの見事に取り除いてくれたのです。

 一方、日本の漢方薬「葛根湯」を見てみますと、そのほとんどが錠剤や顆粒剤になったエキス剤の「葛根湯」です。この「葛根湯」はどのように服用するのでしょうか。説明書の用法欄には、新鮮なナツメやショウガを使いなさいとも、ショウガ湯で飲みなさいとも書いてありません。それは原料に新鮮なショウガやナツメが使われているからなのでしょうか。
 次に、成分分量欄を見ますと、日局カッコン以下七味の生薬が記載してあります。日局ショウキョウと日局タイソウも入っています。
 現在、日本において生姜は一般に日局ショウキョウを用いています。冒頭で述べましたように日局の生薬は乾燥品ですから、日局ショウキョウもショウガを乾燥したものです。従って、エキス剤の「葛根湯」に使われている生姜は、そのほとんどが日局ショウキョウを使用していますから、新鮮なナマのショウガではありません。
 
 果たして、中国と日本の生姜の使い方の違いには問題はないのでしょうか。このあたりをもう少し詳しく見てゆきましょう。

日中の生姜と乾姜

 中国ではナマのショウガを姜(ショウキョウ)として、乾燥したショウガを乾姜(カンキョウ)として用いています。一方、日本では「ショウガ Zingiber Offinale の根茎を乾燥したもの」をショウキョウとする日本薬局方の漢名に『生姜』と『乾生姜』が記載されているため、話が少しややこしくなっています。このことは生薬名と漢方薬物名が混乱して使用されているためです。

 表(1)にまとめましたように、現代の日本漢方では「生姜」に「ナマのショウガ根茎」を使用し、「乾姜」に「乾燥したショウガ根茎」または「蒸して乾燥したショウガ根茎」を使用する人と、「生姜」に「ナマのショウガ根茎」を使用するか「生のショウガ根茎の1/3~1/4量の乾燥したショウガ根茎」を代用し、「乾姜」に蒸して乾燥したショウガ根茎」を使用する人に分かれています。
 中国では「蒸して乾燥したショウガ根茎」は「乾姜」としては使用しません。全く別の規定で、使用する目的も違っています。
 このように、生姜・乾姜には、用法・名称上の混乱が見られます。もし、これらの用法・名称上の違いが薬効上問題がなければよいのですが、違いがあるとすると、この混乱は正さなくてはなりません。(続)

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                     a:生(ナマ)の Zingiber officinale の根茎
                     b:乾燥した Zingiber officinale の根茎
                      c:蒸して乾燥した Zingiber officinale の根茎
                     d:第15改正日本薬局方 
                     e:現代日本で行われている漢方医学
                     f:現代中国で行われている中医学

生姜と乾姜の薬能

 ナマのショウガと乾燥したショウガの外観は明らかに違っています。しかし、漢方薬物としての観点からはその薬能・薬効に違いがあるかどうかが問題ですから、最初にこの問題から考えてみましょう。
 
 ショウガ根茎の薬用としての出典は非常に古く、紀元前2世紀~2世紀頃に書かれた中国の書籍「神農本草経」の乾薑(ショウガの乾燥品)に始まります。
 「乾姜主胸満、欬逆上気、温中、止血出汗、通風湿痺、腸澼下痢」と記し、その後に「生者尤良」と記載しています。この当時は、乾燥したものとナマのものとの薬能にはあまり違いがなかったようで、ただ、ナマのものの方が薬効的には優れていると述べています。
 しかし、時代が下って、後漢の「名医別録」には乾姜と生姜が独立した生薬として記載されています。
 「寒冷腹痛、霍乱、腸乱、風邪、諸毒、皮膚間桔気、止唾血」と乾姜の薬能をあげ、「主傷寒、頭痛、鼻塞、止嘔吐」と生姜の薬能をあげています。
 長い時代の中で、ナマのショウガと乾燥したショウガの使用経験を重ねるにつれて、それらの薬効が区別されてきたようです。
 さらに時代を経て、唐の「薬性論」では、「治腰腎中疼冷、通四肢関節、開五臓六腑、去夜多小便」と乾姜の薬能を述べ、「主痰水気足、下気」と生姜の薬能を述べています。

 一方、日本では徳川時代の「一本堂薬撰」には、「止嘔、開胃、発汗、可相互通用」と生姜と乾姜の共通の薬効を述べた後に、「嘔家生姜尤良」と生姜を嘔吐の聖薬であるとし、「挽回元気、温中、止瀉」は乾姜でなければならないとしています。

 また、後世に強い影響を与えた吉益東洞の「薬徴」には、生姜の記載はありませんが、東洞の弟子の村井琴山の「薬徴続編」には、生姜は「主治嘔、故兼治乾嘔、噫、噦逆」、乾姜の主治は「桔滞水毒」と述べられています。

 これらの書籍を含めた臨床経験から推考できる生姜・乾姜の薬効は次のようにまとめることができます。
  1.調味、解毒作用
  2.発表(発汗)作用
  3.鎮嘔、鎮噦(シャックリ)作用
  4.去痰、鎮咳作用
  5.鎮痛作用
  6.気鬱を巡らす作用
  7.活血(駆瘀血)作用
  8.温中作用
  9.止瀉作用
 これらの作用は生姜・乾姜の両方が持っている作用ですが、この中で、乾姜が主となる薬能は「鎮痛、温中、止瀉」作用で、ショウガが主となる薬能は「調味・解毒、発表(発汗)、嘔吐、気鬱」作用です。
 言い換えますと、生姜は嘔吐の聖薬、発汗解熱の温薬で、乾姜は更に温める作用が強くなった熱薬ということになります。
 このように、生姜と乾姜は薬効が違っていますから、生姜とは何か、乾姜とはどのような薬物かをはっきりさせる必要があります。

一般用漢方処方中の生姜・乾姜

 厚労省は、一般用漢方処方として今までの210処方の承認審査基準内規を見直し、新たに一般用漢方承認基準を公表しました。処方数は213処方と少しふえましたが、その中で生姜または乾姜を含んでいる処方は約半数の99処方あり、生姜・乾姜は漢方処方での繁用生薬の一つとなっています。
 漢方での生姜はナマのヒネショウガで、日局のショウキョウは干したショウガです。日局のカンキョウは湯通しまたは蒸して乾燥したショウガです。特に指定がない限り、生姜はナマのショウガか又はその1/3~1/4量の乾したショウガ(日局ショウキョウ)を用いるとされています。
 さて、生姜・乾姜を含有する各処方の成分欄を見ますと、表(1)にあげたように様々な表現がなされています。生姜を含有する処方では、ヒネショウガ(生姜でも可)、生姜(ヒネショウガでも可)、生姜と三通りの表現があります。ヒネショウガがよいが生姜(日局ショウキョウ)でもよい処方、その反対の処方との表現です。生姜と乾姜のどちらかを含有する処方も表現がまちまちです。このように、処方によって配合される生姜・乾姜の使用生薬が異なることから、成分欄の記載をよく読み、どれがもっとも妥当なものかを注意する必要があります。

表(2)生姜・乾姜を含有する一般用漢方処方
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生姜を含有する処方
 ヒネショウガ(生姜でも可) 厚朴生姜半夏人参湯 柿蒂湯 小半夏加茯苓湯 伏竜肝湯
 生姜(ヒネショウガでも可) 温胆湯 黄耆建中湯 加味平胃散 帰耆建中湯 桂枝湯
                桂枝加黄耆湯 桂枝加葛根湯 桂枝加厚朴杏仁湯 
                桂枝加芍薬生姜参湯 桂枝加芍薬大黄湯 桂枝加芍薬湯
                桂枝加朮附湯 桂枝加竜骨牡蠣湯 桂枝加苓朮附湯 
                啓脾湯 桂麻各半湯 鶏鳴散加茯苓 甲字湯 香砂平胃散
                香砂六君子湯 呉茱萸湯 柴陥湯 柴胡桂枝湯 
                柴芍六君子湯 柴朴湯 柴苓湯 炙甘草湯 十味敗毒散
                小建中湯 小柴胡湯 小柴胡湯加桔梗石膏 升麻葛根湯
                清肌安蛔湯 清湿化痰湯 清上蠲痛湯 大柴胡湯
                大柴胡湯去大黄 当帰建中湯 当帰四逆呉茱萸生姜湯
                独活葛根湯 二陳湯 排膿散 半夏厚朴湯 不換金正気散
                茯苓飲 茯苓飲加半夏 茯苓飲合半夏厚朴湯 茯苓沢瀉湯
                防已黄耆湯 防風通聖散 補肺湯 六君子湯

 生姜            胃苓湯 温経湯 延年半夏湯 加味逍遥散 
                加味逍遥散合四物湯 帰脾湯 香砂養胃湯 香蘇散
                柴胡加竜骨牡蠣湯 滋陰降下湯 四君子湯」逍遥散
                清肺湯 疎経活血湯  釣藤散 二朮湯 分消飲 
                平胃散 補中益気湯

生姜または乾姜のどちらかを含有する処方
                参蘇飲(乾姜も可) 蘇子降気湯(又は乾姜) 堅中湯(生姜可)

乾姜を含有する処方  黄連湯 乾姜人参半夏丸 甘草瀉心湯 桂枝人参湯
                柴胡桂枝乾姜湯 小青竜湯 小青竜湯合麻杏甘石湯
                小青竜湯加石膏  椒梅湯 大建中湯 竹茹温胆湯
                当帰湯 人参湯 半夏瀉心湯 零姜朮甘湯
生姜と乾姜の両方を含有する処方
                芎帰調血飲 芎帰調血飲第一加減 五積散
                生姜瀉心湯 半夏白朮天麻湯

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  (ヒネショウガ:ナマのショウガ  生姜:日局ショウキョウ  乾姜:日局カンキョウ)


ショウガの乾燥物換算量と品種

 厚労省の一般用漢方承認基準においても記載のある通り、ナマのショウガの代わりに乾燥した生姜「日局ショウキョウ」を用いる場合は、1/3~/4量を使用することになっていて、多くの漢方の成書にもほぼ同じような記載がなされています。
 しかし、この換算量に疑問の声があがっていて、某大学の漢方研究会の学生たちが、ナマのショウガから日局ショウキョウを作ると、夏場では1/7量、冬場では1/9量になったと報告しています。
 実際に、私もショウガを乾燥して日局ショウキョウを作ってみました。そうしますと、やはり元のショウガの1/8~1/10量の乾したショウガが出来上がりました。
 それでは、今までの換算量は間違っていたのでしょうか。

 そのためには、ショウガについての市場、現状を見ておかなければなりません。
 8月から10月になると、スーパーの野菜コーナーや八百屋の店頭に色白の大きなショウガが並びます。新ショウガといって今年とれたショウガですが、大きさは赤ちゃんの拳よりも大きくて瑞々しい感じがします。そのままかじっても、サクサクと美味しく食べられます。卸金で下してみますと、ショウガの汁が一杯出て、うまくすりおろすことができません。
 私が幼いころに知っていたショウガと何だか少し違うようです。
 卸金でおろすと栗のようにコリコリしていて、もう少し繊維質も多く、ほんの少し口に入れただけでピリリと辛いショウガはどこへ行ってしまったのでしょうか。
 近頃の食材の変化はショウガも例外でなく、辛味の強いものがよいとされていたショウガから、より柔らかな辛味の少ない食べやすいショウガへと品種が改良されてきました。
 ショウガは生姜・乾姜の生薬原料としての利用よりも、大半は蔬菜として食されています。従って、私たちが普段目にするショウガは蔬菜としてのショウガです。蔬菜として食用に供するショウガは次第に大きく柔らかく辛味が少ないものへと改良されてきました。 これらの蔬菜としてのショウガを薬用に使うことは問題がないのでしょうか。

 江戸時代中期から後期の本草書を見ますと「茎基赤シ故ニ紫薑ト云・・・・霜後ニハ根熟シ老薑トナルコレヲ母薑ト云薬食ノ用ニ入ル」、「尋常母薑ノ鮮ナル物ヲ為良ト不用長崎ノ大薑・・・」、「長崎ノセウガ形肥大ニテ佛掌薯(ツクネイモ)ノ如シ・・・薬ニ入ルニ堪ヘズ」との記載があります。
 このことは、現在、市場のほとんどを占める食用或いは生薬の大ショウガ系の品種は薬用に該当せず、薬用には小型のショウガを用いていたこと、また、小型ショウガの特徴は「葉茎の基部が赤色」を呈していることが示唆されています。
 大きなショウガ、小さなショウガ、そんなショウガの品種についてもう少し詳しく触れてみたいと思います。


日本ショウガの来歴

 ショウガは熱帯アジアを起源とし世界中に拡がった植物です。日本には従来、ショウガの自はなく、3世紀以前に渡来したものと推定されています。導入初期の品種は少なくとも耐寒性が強く、早生、貯蔵が容易な小型或いは中型ショウガだったと断定されます。
 といいますのは、ショウガは元来多年生の植物ですが、日本の気候では花が咲かず実がなりません。また、日本の寒い冬にあいますと地上部は枯れ、地中の根茎や根は腐ってしまい、冬を越すことができません。従って、霜の降りる前に掘り取って洞に入れ、一定の温度のもとで保管をし、それを種芋として来春に植え付けています。

 古い時代に伝来した品種を「在来種」と表現しますと、これらの「在来種」は既に8世紀(平安時代)までには「久礼乃波之加美(クレノハジカミ)」の和名で栽培化が定着し、「延喜式」(928年)によれば主な産地として遠江国(静岡県)があげられています。
 近世になりますと、従来の小型ショウガは大型ショウガに較べて乾燥歩留りがよく、その乾燥物は堅実で、辛味性が強いことから、香辛料、チンキ剤、シロップ剤などの原材料として高く評価され、海外へも輸出されるようになりました。特に、明治時代に生産量がピークを迎えます。
 その後、国内における大型ショウガの台頭、加えて輸出不振を機に、小型ショウガの栽培は衰退の一途をたどり、現在では東海から関東北部の限られた地域で、料理の妻として添える葉ショウガや矢ショウガとして僅かに栽培しているに過ぎなくなりました。
 一方、「長崎の大姜は薬用に用いず」とされた大ショウガの最初の伝来は江戸中期の「広東ショウガ」と推定されますが、本格的に大型ショウガの栽培が始められたのは明治以降であり、台湾経由で「オタフク系」の品種が導入され、最終的にこれが長崎に定着した品種といわれています。大型ショウガが長崎に導入されて以来、品種改良が行われたことも手伝い、順調にその生産量並びに販路を拡め、現在、九州、四国に産するショウガのほとんどが食用を前提とする大型ショウガになっています。
 現在日本で栽培されている主だった品種を表(3)にまとめてみました。

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 日本で栽培されている多くの品種から薬用ショウガとして適正のある品種を確定するため、薬の主産地のひとつである高知県窪川の同じ畑で、入手できた9種のショウガを同じ条件で栽培してみました。写真は10月に掘りあげたときのショウガ根茎です。 
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 本草書の記載から、薬用ショウガとして(A)の小型ショウガ「金時」種が、茎基の紅いことでその形態の特徴をよくあらわしています。(B)は小型の「谷中」、(C)は中型の「三州}です。また、(D)の「オタフク」種、(E)の「土佐一」種、(F)の「カンボ」種、(G)の「ジャンボ」種は「金時」種と較べると6~8倍もの大きさがあり、これらの大型種は現在のショウガ市場の大半を占めている品種です。
 ここで、これら9種のショウガを自然乾燥してみました。その結果は表(4)のとおりです。金時、谷中の小型種は1/3~1/4量の乾燥収量となり、従来から言われています乾燥した「生姜」を用いるときはナマのショウガの1/3~1/4量を用いるとの記載に合致します。しかし、大型ショウガは1/8~1/10量となり、多くの問題を残す結果となりました。

薬用ショウガの品種

 外国旅行の楽しみの一つは食事の楽しみです。日本ではお目にかからない食材と味付けは、異国の文化を理解する大きな要素の一つです。さらに、飲食をともにすると、その国の人たちとの友好と理解は確実の早まります。
 台北市街の青物市場は、南国の果物と野菜に溢れ、市民の食生活の一端を垣間見ることになります。
 さて、ショウガはといいますと、日本の大型ショウガと較べて少し小ぶりで細長いショウガが並んでいます。「何に使うのか」と聞かれたので、「漢方薬を飲むときに」と応えますと、「それじゃこのショウガは駄目だ」と言って、奥から小さなショウガを持ってきて「これは辛くて良いものだ」と説明してくれました。
 台湾では、蔬菜としてのショウガと漢薬としてのショウガははっきりと区別されているようです。
 また、韓国ソウル市内の生薬問屋街の一角で売られていたショウガも小型~中型ショウガで、辛味性の強いものでした。(

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薬用ショウガの成分

 漢薬のショウガは辛い方が良いとのことで、日本産の各種ショウガを齧ってみました。大ショウガは水っぽく、中ショウガ、小ショウガはそれに較べると遥かに辛味が強く感じられました。
 ショウガはショウガ独特の風味と香りを示す精油成分がたくさん入っています。この精油が料理の味を引き立たせるのに大きな役割を演じています。お寿司をいただくときに添えられるショウガは魚の毒を消す働きがあるとされ、ちがったネタへ食指を移す間の一口は口中と舌に清涼感を与え、一つひとつの味を引き立たせてくれます。また、精油には食欲を増進させる作用もあります。
 鰯等の小魚を煮つける時に、短冊に切ったショウガを一緒に入れて煮ますが、このときの小魚は生臭さが抜け、ショウガもまた美味しくいただけます。これもまた精油の働きです。
 精油は一般的に乾燥や熱を加えることで、蒸発したり分解したりします。ですから、ショウガを乾燥させた日局「姜」や「乾姜」には精油は僅かしか入っていません。
 ナマのショウガがないからといって代わりに「生姜」や「乾姜」を小魚と煮つけますと、もう辛いだけで口に入れられたものではなく食べられたものではありません。

 ショウガがピリリと辛いのはジンゲロールと呼ばれる辛味成分のためです。構造式側鎖の炭素数の違いによって、6-ジンゲロール、8-ジンゲロール、8-ジンゲロール等があり、これらは全てきわめて強い辛味性を持っています。(図1)

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 また、ジンゲロール類は乾燥や熱を加えることによって、水1分子が少ないショーガオール類に変わります。これも辛味性が強く、ナマのショウガには存在しなく、乾燥した「生姜」や「乾姜」に多く存在することから、ショーガオールの薬効が生姜と乾姜との違いであろうと考え、昇圧作用、解熱、鎮痛、抗炎症作用などの薬理活性を検討した方向がなされていますが、それだけでは十分と言い切れないようです。
 香辛料として使用されるジンジャーは、おもにこの辛味成分の働きを期待しています。
 漢薬としてのショウガは、生姜(ナマのショウガ)においては精油成分と辛味成分を期待していますが、乾姜だはほとんど辛味成分とその二次成分に期待していることになります。
 辛味性が弱く繊維質の少ない柔らかいショウガが好まれるようになった現在、辛味性の強い薬用ショウガが忘れ去られようとしています。

金時ショウガの宝物

 北原白秋は『寂しさに堪えてあらめと水かけて紅き姜の根を揃ヘけり』とショウガの根茎の紅きを詠っていますが、このショウガは金時ショウガと思われます。
 本草書の考証からも、従来の我が国の薬用ショウガは金時ショウガだと推察されますので、金時ショウガを材料に日局「生姜」を作ってみました。金時ショウガを乾燥させた「生姜」は黄色味を帯びた決まりのあるものが出来上がり、元のショウガ重量の1/4になりました。
 この「生姜」の成分は、ジンゲロール類やショーガオール類の辛味成分と精油成分の他に、ショウガから初めての、(E)-8β-epoxylabd-12-ene-15,16-dial(Ⅰ)とガラノラクトン(Ⅱ)のジテルペン成分が見つかりました。(図2)
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 ジテルペン(Ⅰ)は西アフリカ・カメルーン地方に自生するショウガ科アフロヌム属植物の種子からすでに単離されている成分ですが、金時ショウガ中の含量は主要有効成分の6-ジンゲロールより多量に含まれていました。そこで市場品の日局「生姜」「乾姜」を調べたところ、その芯材は確認されませんでした。
 現在の市場品はほとんどが中国ですが、少なくとも金時を基原植物とするものではないことが判りました。

 薬物の薬効を検討する場合、多量に試料があり、はっきりとしたターゲットのない時には、薬理スクリーニングを実施するのが一般的です。
 金時ショウガ中のジテルペン(Ⅰ)は多量に存在したことで、45項目の一般薬理スクリーニングを行いました。4項目に効果のあることが判りました、中でも特に顕著な効果を示したのが抗高コレステロール血症作用でした。
 
体内のコレステロール量は、コレステロールを含んだ食物を摂取すること、体内でのコレステロールの生合成、それとコレステロールの体外への排出によってコントロールされています。中でも生合成の影響が70%と高い比率を占めています。
 そこで最近の抗コレステロール剤は、生合成を担うHMG-CoA還元酵素の活性を阻害することを目的に、ロバスタチン、プロバスタチンといった薬剤が脚光を浴びてきました。(図3)
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 図2と図3の構造式を比較しますと、金時ショウガ中のジテルペンはロバスタチン、プロバスタチンの構造によく似ています。
 ということで、ジテルペン(Ⅰ)のラット肝臓におけるコレステロール生合成抑制について検討したところ、in vivo, in vitro 共に顕著な抑制効果を示しました。
 このことは生姜・乾姜の薬能の一つである駆瘀血(活血)作用を裏付けたものと考えます。

薬用のヒネショウガ

 漢方で用いるショウガは「ヒネショウガを用いる」と多くの書籍に書かれていますが、このヒネショウガとはどのようなショウガなのでしょうか。
 ショウガの栽培は、秋の収穫期に採掘したショウガ根茎を13℃程度の恒温倉庫に保存しておき、翌年の春4月頃に適当な大きさに割ってそれを種芋として植栽します。
 5月頃になると、その種芋から新しい根茎が分けつし、茎が地表に顔を出します。次にその最初の新しい根茎から数か所次の新しい根茎が分けつし、それぞれの茎を立たせます。
 6月と7月にさらに分けつを行い、9月になると急激に根茎の分けつと肥大が加速し、11月の収穫期を迎えます。
 焼き魚の妻として添えられる葉ショウガ(芽ショウガ)は、5~6月頃の繊維質が少なく辛味の少ないショウガ根茎に10cmばかりの茎をつけたものですが、漢薬書に子姜(紫姜)と記載のものです。
 さて、ヒネショウガとなりますと「ヒネ」とは「日がたって古くなる」ことを指しますから、秋に収穫して保存をしておいたショウガともとれますし、漢薬書に母姜と書かれている種芋ともとれます。また、十分に肥大した収穫期の根茎とも考えられます。
 一方、中国の薬物書には、生姜と乾姜で収穫時期に相違のあることが記載されています。
 生姜は晩夏~秋~初冬にかけて収穫するとし、乾姜は生姜に較べて収穫時期が」少し遅くなっています。(表5)
 このことを実証するために次の実験を行ってみました。
  
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 実験材料にショウガ金時種を用いて4月の種芋を植えたときから隔月に根茎ごとの成分含量を測定し、その比較を行ってみました。
 (写真は10月の金時ショウガの分けつ根茎の名称 1:母姜(種芋) 2:主茎 3:1次茎 4:2次茎 5:3次茎 6:4次茎)
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 その結果、辛味成分については、母姜では経時的に少し減少するもののほぼ高い含量を示し、1・2次茎は根茎が急速に肥大する10月頃から高含量を示し、9月以降に分けつする3・4次茎は初めから高い含量を示しました。
 抗コレステロール作用をもつジテルペン類は、母姜は8月、主茎は10月、1・2次茎は12月と経時的に最高含量値を移す傾向にありました。
 また、8月(夏季)に収穫可能な主茎、1次茎あるいは未熟な2次茎の精油成分については、10月に採集される根茎の1/2~1/3程度しか含まれていないことが判りました。
 以上のことから相対的に言えることは、「ヒネショウガ」とは根茎の部位に関係なく、十分に成熟した根茎全体と考えてよいと思います。
 またの発表散寒の作用が主に精油成分であるとすると、9月より急速な根茎の肥大とともに根茎全体の精油含量の増加がみられることから、生姜として使用するショウガ根茎の収穫時期は晩夏から、秋、初冬とする本草書の記載は正しいと思います。さらに、乾姜の去寒温中の作用が主に辛味成分とすると、10月にその含量が最高に達するものの、全体の収穫量が多い子姜は12月頃に最大となることから、生姜の採集時期より少し遅い秋から冬にかけて収穫するとする本草書の記載を裏付ける結果となりました。


薬食同源のショウガ

 私たちは古来より多くの自然の恵みを受けてきました。自然界の動植物を食物として命の糧に、或いは薬物として病気の治療に用いてきました。
 特に、東洋においては薬食同源の考え方から、同じ動植物をある時ある食物として、またある時は薬物として用いてきました。ただ、一般的に食物としての動植物は新鮮ななまのものが尊ばれ、薬物としての動植物は乾燥した生薬として用いられてきました。
 その中にあって、ナマのショウガは食品としてまた漢方薬物「生姜」として用いられてきた植物です。薬食同源といっても、食物と薬物ではその目的とするところが異なるわけです。市場のショウガのほとんどが食品の目的で栽培され品種改良がなされてきたことから、薬物としては従来のショウガとともに薬理的、臨床的効果の検証をしなくてはなりません。
 今まで述べてきましたように、ショウガの栽培品種間の検討結果は、薬物としては小型ショウガは大型ショウガに較べて、より適したものと結論付けました。だからと言って、大型ショウガが全く使用できない訳ではありません。
 ナマのショウガを日局「生姜」「乾姜」に換算するとき、現市場のショウガを乾燥すると1/8~1/10になるからと言って、その分量で調剤するのは問題が多いようです。辛味成分含量からみますと、やはり1/4~1/5とした方が適切だと思われます。


まとめ

 以上、生姜・乾姜について、薬能の違い、漢方処方における日中の違い、特に日本の漢方製剤での問題点、さらに基原植物としてのショウガの栽培品種の問題、新薬効成分などについて話をすすめてきましたが、最後に、日本の市場に出回っている生姜・乾姜含有エキス製剤について一言述べたいと思います。
 云うまでもなく現在の漢方の目を見張る普及は漢方エキス製剤の出現と薬価収載でした。 しかし、多くのエキス製剤が使用されるにつれて、その功罪も論じられてきました。
 手軽に服用ができ携帯に便利な剤型は従来の漢方薬のイメージを一掃した反面、煎じ薬と比較すると効き目が悪い、さらに漢方薬にも副作用があると新聞紙上を賑わしています。
 「葛根湯のエキス剤はあまり効かない」といった声をよく聞きますが、これは冒頭に述べましたように、葛根湯のエキス製剤中の生姜は乾燥した日局「生姜」で、漢方の乾姜にあたり、発表(発汗)作用が弱くなります。従って、発汗を期待するのであれば、このエキス製剤を服用するときに、ナマのショウガを擦って入れたショウガ湯で服用してみてはいかがでしょうか。
 また、葛根湯は汗をかかせることが目的ですから、葛根湯を服用して、寒いところで働いていたり、薄着でいたりの冷す環境では効き目がありません。
 エキス製剤の欠点を見極め、さらに高品質の製剤化に努力するとともに、今あるエキス剤をいかに生かしてゆくかも必要なことです。
 また、副作用については、熱性疾患に熱薬の「乾姜」が配剤されている製剤を与えるのは問題で、エキス製剤中の生姜は乾姜と読み替えて、服用には十分な注意が必要です。
 漢方医療の正しい知識の習得とエキス製剤を含めた漢方薬の適正使用が望まれてなりません。







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